2012-01-01から1年間の記事一覧

記号論の再構築のために(3)

4 ソシュールの記号概念 彼による記号の分析は――この点はうっかりすると見過ごしがちだが――実に重大な含意を伴っている。 第一に、彼の記号概念とともに、記号への指示論的アプローチからカテゴリー論的アプローチヘの転換が決定的に成就されたのである。第…

記号論の再構築のために(2)

3 古典的記号論から現代的記号論への展開――ソシュール記号学の構想 20世紀から現時点までの記号思想の展開を通観するとき、この間になされた探究の跡を大きく整理して、これを「古典的記号論から現代的記号論への展開」と捉えることができる。いまでは常識と…

記号論の再構築のために (1)

記号論の再構築のために――問題と構図 記号論(semiotics)とは何だろうか。歴史的な事実として見れば、記号論は、20世紀の初めに期せずして(だが真実は思想史的必然性によって)記号についての学(sémiologieないしsemiotic)を異口同音に提唱した二人の人物…

〈遊び〉についての断章 (5) 

〈遊び〉を再考する――規則の梯子 3 方法としての遊び 俗なる現実とわたりあい、そこに遊びの時間と空間をしつらえるためには、素手ではどうすることもできない。この事態を私たちは、遊びには〈方法〉がいる、いや遊びとは方法そのものだという命題に要約し…

〈遊び〉についての断章 (4) 

〈遊び〉を再考する――規則の梯子 2 遊びの練習 遊びと快とのかかわりを考えるためには、両者を区別したうえで、快の〈質〉を考慮する必要があるだろう。たとえば、スポーツをたんなる楽しみでやっているのは、むしろ多数のスポーツを愛好する人びとである。…

〈遊び〉についての断章 (3)

〈遊び〉を再考する――規則の梯子 1 規則にしばられない遊び? いつぞや学生が遊びをテーマにまとめた卒業論文を読んだことがある。論文の結論あるいは主張には賛成できないものの、しかし重要な論点が提起されている文章なのは間違えないと思われた。 卒論執…

についての断章 (2)

は人間のプラクティス(実際活動)の主要なカテゴリーの一つである。この種の活動の著しい特徴の一つが自己目的性にあることを指摘した。今回は、この観察から導かれる一つの論点を明らかにしておきたい。シーシュポスの神話 ギリシア神話のシーシュポスの物…

〈遊び〉についての断章 (1)

虚でもなく、実でもなく ――遊びの倫理学のために 1 遊びについて論じたものとして、オランダの歴史家ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』ほど著名で、またじっさいこれほど出色の書物もない。 よく知られているように、彼はこの本の大半を費やして、法律、政治…