2009-07-01から1ヶ月間の記事一覧

演劇論ノート  ――After Fukuda Tsuneari 4

福田はサルトルの小説『嘔吐』に登場する女の言葉を引用しながら、〈演劇〉なる人間の営みの本質に切り込んでいる。(福田恆存評論集、第4巻「人間、この劇的なるもの」、麗澤大学出版会、2009.) 女は自分が「特権的状態」と名づけるものについて例をあげな…

演劇論ノート  ――After Fukuda Tsuneari 3

芝居の「せりふ」は「粒が立って」いなくてはならない。「粒」とはある種の物質性のことである。 もう一度福田の言葉を引用しておこう。「芝居のせりふは語られている言葉の意味の伝達を目的とするものではない。一定の状況の下において、それを支配し、それに支配…

演劇論ノート  ――After Fukuda Tsuneari 2

福田によれば、日本の社会には「一般にフィクションと現実との混同が文化の荒廃を齎し、文化の荒廃からその両者の混同が生じているという現状」があるという。文化の底に悪循環がわだかまっているというのだ。 その来るゆえんについて福田はいう、「今、私は…

演劇論ノート  ――After Fukuda Tsuneari 1

「醒めて踊れ」と題された、福田恆存評論集・第11巻(麗澤大学出版会、2009)は、みずから戯曲を書き演出もこなした、戦後日本を代表する批評家にして思想家が構想する、演劇論あるいは演技論を集めた一冊である。 いうまでもなく、福田は演劇について他の場…