ロボットはを持っているか、あるいは持ちうるか

namdoog2006-04-26

 ルール生成の原理としての<習慣>については、これまで何度か言及してきた。例えば、<自転車乗り>とカテゴリー化できる運動を形作る動因を人間にそなわる何らかの自発性という意味で<習慣>(habit)と呼びたいとおもう。これがパースの用語法でもあった。(ちなみに、日本語では<運動>と<行動>の二つの語は意義内容を異にしている。さしあたり、運動のうちとくに意志(volition)が構成要素となっているものを<行動>と呼ぶことにしよう。換言すれば、行動とは意志的運動(volitionally mouvement)にほかならない。とはいえここでは<意志>は単なるパラメーターの資格で登場するにすぎない。)
 <自転車乗り>については、昨年の秋、マスコミにおおいに取り上げられた話題がある。<ムラタセイサク君>と命名された自転車ロボットのことだ。これがどんなものかについて、村田製作所のホームページでかなり詳しい紹介がなされている。要点をまとめると、これは、①ジャイロスコープを用いて平衡を保つことができ、②移動装置としての自転車を操作する、③自転車型ロボットなのである。高さ50cmほどで重量は約5Kというから、自転車といってもミニチュアだと言っていい。
 このロボットが自転車を操行する模様はテレビでも放映されて多くの視聴者を驚かせたようである。というのは、ムラタセイサク君は人間ではとても無理な条件下でも難なく自転車を乗りこなすからである。体操選手の平均台よりも幅の細い通路をゆらぎもせず渡ることができるし、我々だったら倒れてしまうに違いない超低速で―― ほとんど停まっているとしか見えない速度で――進むことも出来る。バック走行もなんなくこなすので、このロボットのやることは人間業ではない。
 多くの人はムラタセイサク君が<自転車乗り>という運動をこれほど巧みにやることに驚嘆して賛辞を惜しまないようだ(ネット上でそうした声を確かめることができる)。しかしながら、ちょっと待ってくれと言わざるをえない。本当にこの自転車型ロボットは自転車で走行できるのだろうか。そうだとすれば、このロボットに<習慣>の自発性が内属しているということになる。
 データを調べるとムラタセイサク君が自転車に乗っているとはとても言い難い証拠が見つかる。第一に、このロボットが寸止めして倒れずバック走行やら自動経路運転やらの妙技をいつもできるのではないという点である。ホームページには例えば「平均台走行ですが、ついに本日、初めて落ちてしまいました」とか「バランスというか制御の設定が微妙に変わってしまい、経路走行モードでのカーブが不安定です。そのせいか、朝のステージでは、いきなり一本橋の土台に激突〜!! おかげで頭のカバーがはずれてしまった」などという記事がある。第二にもっと重要なこととして、走行の環境条件がきわめて制約されているということがある。このロボットはいつでも磨き上げられた平面上でしか移動運動を行なわない。砂利道やでこぼこ道、あるいは段差のある経路などは走行の環境から除外されているのだ。もろろん突風も吹かはずもないし、なにか対象が突然経路を邪魔することもない。
 すでにお分かりだろうが、ムラタセイサク君の動作は、我々がふつうに了解する<自転車乗り>のカテゴリーとは似て非なるものである。大雑把に言えば、このロボットには人間の運動にそなわる自己組織性や可塑性がまったく認められない。
 付言しておこう。人間の場合だと、ふつうの<自転車乗り>がさらに進化して、マウンテンバイクでの悪路走行や急な山道での走行などもこなしてしまうのだが、現段階ではロボットにその真似をさせることは出来ない。ムラタセイサク君の事例は、<習慣>や<運動>について我々に深く考える機会を与えてくれるいわば反面教師にほかならない。