理論をめぐる基礎的問題―記号主義から考える

namdoog2006-05-16

<理論>に関する哲学的考察を"読み切り講義"<人間科学方法論演習>(5月17日、中ノ島センター)において披瀝するが、そのアウトラインをここに掲げる。

1 理論とは何だろうか
1-1 理論の特徴
・不可解な出来事、あるいは当人には必ずしも不可解ではないが、他人からその出来事について説明を求められたとき、人は理論的言説(theoretical discourse )を企てる。

・「なぜなら」、「のせいで」、「もし〜ならば」などの理論的語彙からなる語法(language) ――つまり出来事の<条件>、<根拠>、<原因>などに言及する語法。つまりは、<因果性>(causality) を語りだす言説。

・結論;理論とは、主題にともなう因果性を語ることによって、つまりこの語りに具現した(in saying)<説明>を演って見せること=この種の言語行為である。

・「理論」の副次的な意味
1)行為の所産としての理論:論文、著作、プレゼンテーションなど
2)言語行為と不可分だがそれから独立した<思考>ないし<信念>(知識)のレベルでの理論

1-2 <科学的説明>に関するヘンペル(C.G.Hempel )らの標準理論
・一般法則のセット{L1,L2,…Lk}と前提条件のセット{C1,C2,…, Cr}から、説明されるべき事態の記述Eが(論理的に)演繹されるときにかぎり、Eは{Li}と{Cj}を説明項とするところの被説明項になる。
・与えられた事態の記述が、{Cj}に含まれる任意の条件と一致したとき、この条件と{Li}のどれか、または全部とのセットから(論理的に)演繹されるEがあるならば、このEが予測の内容となる。
・この種の説明を、演繹-法則的説明(deductive-nomological explanation )という。

1-3 演繹-法則的説明への反省
・演繹-法則的説明には、
1) 一般法則を作り出すプロセスの解明がない。
2) 帰納
3) アブダクション
4) 非演繹的な推論一般 →レトリック
5) アナロジー、モデル、メタファー, etc.

1-4 理論→ 説明→ 法則
・ 法則は全称命題のかたちをとる。(x)(Rx→Bx)
・「すべてのカラスは黒い」(All ravens are black. )
・<経験的一般化>と<法則化>
・法則性の発見にアブダクション帰納が必ず関与するかぎり日常的知覚も科学的分析と異なることはない

1-5 もう一つの説明=<統計的説明>
・ 前提が真である場合、説明さるべき現象が(必然的に起こるのではなく)起こる見込みが高い、あるいはほとんど確実に生じるという主旨の説明。
a)
ペニシリン投与が連鎖球菌の感染を治癒する可能性は1にちかい。
・太郎は連鎖球菌に感染し、ペニシリンの投与を受けた。
・太郎は連鎖球菌の感染から治癒した。

だが、この種の説明には両義性がともなう。
b)
ペニシリン投与が80 歳以上の男性を連鎖球菌の感染から治癒しない可能性は1にちかい。
・次郎は80 歳以上で、連鎖球菌に感染している。
・次郎は連鎖球菌の感染から治癒しない。
a)とb)の推論はどちらも成り立つ。

統計的説明は全体として(内的構造は別として)擬似的な演繹-法則的説明である。

2 理論制作
2-1 理論制作(theory-making)についての古典的考え方
1. 観察や実験を実施してデータを収集
2.データを説明できる仮説を構想する
3.仮説の評価により最良の仮説を選び、それを<理論>として打ち出す

2-2 古典的認識論
・データの源泉は<感覚経験>にある。
・感覚経験に由来するデータは、他のものの仲立ちなしに自ずと正当化される。その意味で「基礎的」(fundamental )である。
・認識の基礎づけ主義(foundationalism)

2-3 グッドマンの世界制作論(the theory of worldmaking)
1 データの収集のためには仮説が必要である。(仮説とデー
タの依存性)
2 そもそも純粋な<データ>などはない。データとは(いつで
もすでに、何らかの)記号システムである。
3 理論の形成とは、一定の記号システムを加工して、別の
記号システム(=理論)を制作することにほかならない。
4 理論とはヴァージョン(のひとつ)である。
5 我々はヴァージョンを制作することによって、世界を制作
する。

2-4 理論制作(theory-making)の端緒としての知覚
・知覚(perception)は実在への窓である。インターフェイス(interface )としての知覚
・研究者はこのインターフェイスからデータを獲得するほかは
ない。
・ここでは、視覚(sight, vision)で知覚を代表させる。
・二つの対象を見ることにしよう…

2-5 人は知っているものしか見ない(誇張法
・CT (コンピュータ断層撮影)あるいはMIR (磁気共鳴映像法magnetic resonance imaging )の画像
・脳の病変が直接この画面に<見える>だろうか?
・医師がこの写真に見て取るのは、病気の<徴候>(sign, symptom)である。
・<知覚へのデータ>は<記号>という存在カテゴリーに属している。・ データは直接正当化される「基礎的な」ものではない。診断学理論と臨床経験を踏まえて、解読されるべきもの(something to be decoded )である。

2-6 ネアンデルタール人はテーブルを知覚するか
・机の<形相>すなわち<機能>が視覚のなかに溶け込んでいる。
・この<機能>を知らない者にとって、<テーブル>は見えない!
・だからこそ机の視覚は机の<使用>と連続している。
・観察の理論負荷性(the theory-leadenness of observation) (ハンソンN. R. Hanson
・我々の知識と信念が、何を知覚するかを決定する際に中心的役割を演じている。

2-7 知覚の場に立ち現れるもの、<記号>
・ 知覚が捉えるものは、 という構造をそなえる。
・現前するものとは別のもの(=現前しないもの)へのアクセス可能性。
・記号性とは<無媒介に直接現前することの否定性> である。
・論理的には<推論性>(パース)

2-8 “データは所与ではない”
・ 存在者=存在するもの(being )は―それが認識と思考の対象であるかぎりで―<記号>にほかならない。(パースの記号主義semioticism)

2-9 さまざまな世界制作法
(a)合成と分解composition/decomposition
(b)重みづけweighting
(c)順序づけordering
(d)削除と補充deletion/supplementation(e)変形deformation
グッドマン『世界制作の方法』(みすず書房)、第1章

3 理論評価とはどのようなことか
3-1 理論の認識価値とその守り(1)<理論>は説明というタイプの言語行為である。
1) 理論が真である、とはどういうことか
2) 真理の局在化(localization of truth)
3) 理論の正しさ(rightness)

3-2 理論の認識価値とその守り(2)
ヴァージョンとしての理論は世界を制作する。
1) 世界制作とは、秩序の創出である。
2) 秩序の現象学→ パターン、法則、傾向性、ルール(規則)など。
3) 秩序創出の原理は<習慣>である。(パース)
4) < 習慣>は創造=保持するものである。
5) 理論の正しさを保証するのは、習慣の守り(entrenchment)
である。(グッドマン)
  Not the end, but only a beginning.